2013年4月9日火曜日

資本論 日本大百科全書


資本主義経済の基本的内容を明らかにしたカール・マルクスの主著。近代社会の経済的基礎を歴史的かつ批判的にとらえた社会科学の古典の一つ。
[重田澄男]

成立過程

1840年代なかばにヘーゲルの法哲学の批判的検討によって、人間の社会関係の基礎は現実的な経済関係であることを確定したマルクスは、さらに、近代社会を変革さるべき疎外された社会形態であるととらえる社会主義的見地を自らのものにし、スミス、リカード、ジェームズ・ミルなどの経済学の研究を進めるなかで、人間社会を物質的生産力の発展水準に応じた生産様式の歴史的諸形態とその移り変わりにおいてとらえる唯物史観を確定し、それを「導きの糸」としながら、近代社会に特有の歴史的形態としての「資本主義的生産様式」把握を基軸として資本主義的経済諸関係の解明を行うようになる。
 とくに1849年ロンドン亡命後は大英博物館の図書館を利用して膨大な文献や資料に取り組み、『原資本論』ともよばれる『1857―58年草稿』(経済学批判要綱)を執筆、その始めの部分の「貨幣にかんする章」を『経済学批判』第1分冊として出版(1859)するが、その後、出版計画は変更される。かくて新たに独立の著作として書き直されたのが『資本論』であって、それに「経済学批判」という副題をつけて、第1巻がハンブルクのマイスナー書店から出版される(1867)。部数1000部。1883年3月マルクスの死亡後、エンゲルスは残された原稿をもとに編集作業を行い、1885年に第2巻を、1894年に第3巻を発行した。第4巻に予定されていた学説史部分は、エンゲルスの死後カウツキーの手によって『剰余価値学説史』として1905~1910年に出版されている。
[重田澄男]

内容

第1巻「資本の生産過程」では、初めに、資本主義的経済関係の基礎的要因であり前提でもある商品と貨幣についての解明を行ったうえで、資本主義的生産について、賃金労働者による剰余価値の生産と資本家によるその獲得という剰余価値論を中心に、労働者の受け取る賃金、資本の蓄積、資本主義的関係の創出としての本源的蓄積、資本主義的発展の歴史的傾向、などを明らかにしている。第2巻「資本の流通過程」では、資本の運動が生産過程だけでなく流通過程をも通過することによって出てくる事態として、資本の循環運動や、資本の回転運動の引き起こす影響、さらには、個別的諸資本の絡み合いとしての社会的総資本の再生産運動についての解明を行っている。そして第3巻「資本主義的生産の総過程」では、生産過程において生み出された剰余価値が、利潤、利子、地代といった現実的諸形態に転化し、それぞれ独自的なあり方をとるようになっていることが明らかにされている。すなわち、まず剰余価値の利潤への転形が、そして、資本の競争のなかでの平均利潤の形成、資本主義的発展のなかでの利潤率の低下傾向が説明され、ついで、商業資本と商業利潤が、利子と信用が、そして資本主義のもとでの土地所有と地代が解明され、最後に最終篇(へん)「収入とその源泉」において、賃金、利子(あるいは利潤)、地代は資本主義的生産関係に基づく近代社会に特有の歴史的形態にほかならないものであることが改めて確認され、賃金労働者、資本家、土地所有者という資本主義社会における基本的三大階級についての総括的把握が行われている。
[重田澄男]

意義

『資本論』は、マルクスの生存中に改訂第2版といくつかの変更や追補を含むフランス語訳(1872~75)およびロシア語訳(1872)が出版されたが、死後には労働運動や社会主義運動の発展のなかで数十か国語に翻訳、出版されている。日本語訳としては、1919年(大正8)に松浦要(かなめ)の部分訳、高畠素之(たかばたけもとゆき)の全訳(1920~24)をはじめとして各種の訳書が出版されており、『資本論』に関する研究書は膨大な数に上っている。
 現在すでに『資本論』第1巻刊行後100年以上たっており、その間に資本主義は自由競争の資本主義から独占資本主義へ、さらに新たな様相を示している現代資本主義へと、『資本論』では解明されていない構造や動態を展開するに至っており、その意味では『資本論』は19世紀中葉の自由競争の最盛期のイギリス資本主義を主たる事実材料として書かれた著作という時代的制約性を示すものである。しかし、資本主義の生産的基礎や諸階級あるいは諸要因などの基本的内容が本質的に資本主義的なものであり続ける限り、『資本論』のもつ現実的意義は失われることはない。『資本論』は、現実の絶えざる発展と変化、経済学・社会科学の理論としての多様な批判にさらされながら、なお巨大な影響を及ぼし続けている。
[重田澄男] 

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